三輪武人|協和デンタル・ラボラトリー|千葉県松戸市

略歴
1998年 埼玉歯科技工士専門学校 卒業
1998年 協和デンタルラボラトリー 勤務
2004年 The Total Grade Up Seminar 卒業
2008年 日本口腔インプラント学会認定技工士 取得
2009年 咬合・補綴治療計画セミナー 卒業
2010年 シークエンシャル咬合セミナー 卒業
2011年 埼玉歯科技工士専門学校専攻科 非常勤講師
2013年 oral design 彩雲コース 卒業

「魂を燃やす覚悟で、歯科技工と向き合う理論派技工士。自費専門の大手有名ラボ・協和デンタルの大黒柱として日々、優秀なセラミストを育てる。」

「歯科技工を他業界に負けない業界にしたい」

― 三輪さんは、どのような経緯で歯科技工士になられたのですか?
私の親戚に歯科技工士、歯科衛生士、材料屋などの歯科関係者が沢山いたんですよね。もともと、ものを作ることが嫌いじゃなかったこともあって、高校1~2年くらいの時にはもう歯科技工士になろうと決めていました。美術とか技術のようなモノづくりの教科が得意だったので、歯科技工士になることに対して迷いはありませんでしたね。

高校卒業後に、埼玉県にある歯科技工専門学校へ行きました。当時から歯科技工士は、低賃金で長時間労働だと言われていましたが、自分は「この道に進むんだ」と覚悟を持って入学したわけですから、むしろ自分が技工業界の働き方を変えてやるんだくらいの気概でした(笑)

― 学生時代の思い出とかって、何かありますか?
そうですねぇ、学生時代で覚えていることは、授業中に寝ていた学生が先生から叱られて「全部の科目で100点取れているわけじゃないんだから、寝てる場合じゃないぞ」と言われていたことですね。たしかに医療では1点でも落とすと命を落とすこともあるので、そういう緊張感を持たなきゃダメだという意味だと思うのですが、のちにそれは、専門学校の創業者である校長先生の教育理念だと知りました。

その校長先生のお名前は阪先生というのですが、もともと軍医をされていて生涯100点しか取ったことがないという、とても優秀な方だったそうです。当時の私は、1点も落とさない覚悟で歯科技工に取り組まなければならないという言葉を耳にして、「たしかに医療人とはそうあるべきだし、もしかすると自分は良い学校に入学したのかもしれないなぁ」と漠然と思ったことを今でも覚えていますね(笑)

そのような教育理念の影響もあり、学校全体に「医療人としては常に100点を目指さなきゃいけない」という雰囲気が学校内にあったんですよね。だから今の自分の医療人としての心構えは、学生時代に身に付いたんだと思いますね。

ただ、同級生がみんなその言葉に感動していたかというと、もちろんそうじゃなかったですよ(笑)遠い昔の記憶ですが。たしか・・・やる気のある人は結構少なくて。技工士は儲かるよって言われて入学して、実際に業界に入ってみたら全然事前の話と違うじゃないかということで「騙された!」と言ってやめてしまった人も沢山いました(笑)



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