コラム「デジタルによって、 技工業界はどう変わるのか? – その1 -」

執筆:高崎宏之
アクウェスト(株) 代表取締役、東京都歯科技工士会顧問、京都大学 特任准教授(産学連携センター(宇宙ユニット))|外資系コンサルティングファームで、国内外の製薬、飲料、消費財、総合商社、官公庁、化粧品、産業機械メーカーなどの新規事業の立上げ、事業の海外展開支援、M&A、PMI、中期経営戦略策定、営業改革、グローバル人事組織改革などのコンサルティング業務に従事。同社退職後、日本や世界の医療業界に、徹底的に顧客目線に根差した、革新的で高品質な事業/サービスを創出したいとの想いから、acwest Inc.を設立。京都大学大学院 理学研究科修了 理学博士。2019年より東京都歯科技工士会顧問に就任。

歯科および歯科技工業界に「デジタル化」という大きな波が押し寄せ、今まさに地殻変動が起きようとしています。日本の歯科技工業界がこれからどのように変わり、その変化に合わせて歯科医院はどのように歯科技工所と付き合っていくべきなのか、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

前代未聞!1年に2度の保険制度改正

2020年の歯科技工業界では、鋳造によって製作される臼歯部のチタン冠と、前歯部のCAD/CAM冠という2つの保険収載が行われました。近年、技工に関して1年に2度にわたる大がかりな保険制度改正は例がなく、保険技工に取り組んでいる多くの技工所は対応に追われました。これらはいずれも、パラジウムの材料高騰に対応した措置ですが、デジタル技工の適応範囲が今後もますます拡大することを暗に意味しているものといえます。チタンは、物性的に臼歯部での使用に耐えることができ、また金属アレルギーなどを起こしにくく、生体親和性に優れた歯科材料です。また、金銀パラジウム合金に比べて材料費を低く抑えられるため、品質や国の保険財政の両面から、今回の保険収載という判断につながったと思われます。

今のところ、保険収載されたチタン冠が幅広く普及するには、もう少し時間がかかると思われます。その理由は、

    • 保険対象の鋳造チタン冠は、製作できるラボの数が限られていること、
    • 各歯科技工所の技工料がやや高額になりがちなこと、
    • さらには治療現場でのセット時の調整方法に改善余地があることなど、

いくつかの課題・改善点があるからです。

さらに近い将来、現在よりも効率良く製作できるようになる、ミリングマシンで削り出されるチタン冠も、保険収載の対象となることが予想されます。おそらく、チタン冠の普及は、デジタル化によって技工料が今より安価になったタイミングで一気に進み、既存のパラジウム冠は、次第に姿を消していくことでしょう。一方で現在、保険診療での臼歯部の歯冠修復においては、従来のクラウンやインレーに加え、低侵襲な治療を志向するミニマル・インターベーションの考え方に従ったコンポジット・レジンを使った修復方法が急速に広がっており、現在のパラジウム冠が思ったほどチタン冠に置き換わらない可能性も残されています。

歯科技工業界は 大手に集約される方向へ!

前歯に適用拡大されたCAD/CAM冠ですが、保険収載開始1~2カ月間は、小規模な歯科技工所は事前の情報収集力や購買力がやや劣るため、前歯CAD/CAM冠用のブロックの仕入れがなかなかできず、結果として、小規模な歯科技工所から大規模な歯科技工所に仕事が移ってしまう状況が散見されました。大手の歯科技工所は、取り扱う技工物の対象範囲が幅広く、歯科医院に対するフォローやサービスも手厚いため、今後、今回同様にデジタルに関する制度改正が起きるたびに、小規模の歯科技工所は厳しい試練に直面するのではないかと懸念しています。

大手の歯科技工所との取引が増えると、営業担当者とのやり取りが中心となるため、歯科技工士にきめ細かな要望を直接伝える機会は減ります。一方で、大手の歯科技工所は業務の一連の流れが明確に定義されており、各部署には担当者や責任者がいるため、歯科医院に対する全体的なサービスの質が高くなる傾向にあります。このように技工所の規模による違いをよく理解した上で、歯科医院は歯科技工所と取引をすることが重要です。

しかしながら、これまでわが国の歯科技工を支えてきたのは、小規模で全国に点在する歯科技工所にほかなりません。急激な技工業界の構造変化を避けるためにも、今後、歯科技工のデジタル関連の制度改正の際には、小規模の歯科技工所に何らかのサポートをする必要があるのではないかと思います。そもそもデジタル技工は、多額の設備投資が必要となり、小規模の歯科技工所が手を出すにはとてもハードルの高い分野です。本格的にデジタル技工に取り組む歯科技工所は、デジタル機器の導入によって生産効率が上がることを期待する一方で、機械故障などによって製作ができなくなるリスクを避けるたため、バックアップの意味も含めて、複数台のデジタル機器を導入することが必要不可欠です。

さらには、ジルコニアやCAD/CAM冠を削り出す駆動部は、大きな力がかかって消耗しやすいため、日常的なメンテナンス費や、5~6年ごとに継続して買い替える設備投資費が必要となります。そのため、投資の体力が限られる小規模な歯科技工所へのデジタル導入があまり進んでいないのが実情です。また、多額な初期投資や維持費が必要であることを考えると、従来のミリングマシンによるジルコニアやハイブリッドレジンを削り出す技工物の製作方法より、機械への負担が少なく、無駄な製造コストが出にくい3Dプリンターを活用した積層技工の技術開発が、今後5~10年くらいかけてどこまで進むかに注目が集まるのは、当然の流れです。今後ますます、デジタル投資を継続することが困難な小規模な歯科技工所は事業が縮小していき、大規模な歯科技工所が拡大していくことは、デジタル時代において避けることのできない大きな流れなのかもしれません。一方で、小規模な歯科技工所には設備の共有化によって生き残れる余地が残されています。

「所有」から「共有」へ。ビジネスモデルの転換

私は、歯科技工業界には、従来のような「デジタル設備を所有するビジネスモデル」ではなく、「デジタル設備を共有する循環型のシェアリングエコノミーのビジネスモデル」が最適なのではないかと考えています。現代では、遊休資産といわれる「モノ・場所・スキル」などは、デジタルによるプラットフォームを介して多くの人と共有され、利用されるのが新しいビジネスや経済のカタチです。

私は、「提供したい歯科技工所」と「利用したい歯科技工所」の間から生まれるシェアリングエコノミー的なサービスこそ、現在の日本の歯科技工業界に新しい一石を投じる可能性があると考えています。高額で大がかりな設備を伴うことになる歯科技工業界において、全ての歯科技工所が高額なデジタル設備を所有することは現実的ではありません。むしろ、複数の歯科技工所で設備をシェアして利用する方が合理的なのです。そうすれば、淘汰される運命にある小規模の歯科技工所は、新たな仕組みやビジネスモデルによって、これまでとは別のカタチで、新たな事業成長が期待できるのではないでしょうか。

デジタル化が歯科技工業の分業化を加速

次号で具体的に話したいと思いますが、ここ数年、デジタル化によって院内ラボが復活する動きが緩やかに起きています。慢性的な技工士不足の現状で、歯科医院が院内ラボを開設した場合、もし歯科技工士が退職したり、歯科技工士を雇用できない場合はどのように対処すればよいのでしょうか。実は、歯科技工のデジタル化によって、大きく変わったことの一つは、歯科技工所内で、技工業務の分業化が進んだという事実です。ある人は模型を作る担当、模型をスキャンする担当、技工物をデザインする担当……、といった具合です。

つまり、もし院内ラボでデザインをする人が不足した場合は、デザイン業務だけを歯科技工所に外部委託することが可能な状況になっているのです。すでに、いくつかの歯科医院と歯科技工所の間では、デザインデータの作成だけを外注委託し、受け取ったデータを基に院内ラボで技工物を削り出すという流れで、ビジネスとして成立しています。これまで歯科技工所は、歯科技工物というモノを作って対価を得る業態として発展してきました。

しかし今後は、デザイン業務のみに特化して歯科医院をサポートしたり、院内ラボ(技工部門)の立ち上げ全体をサポートするなど、「サービス」という視点でも、歯科医院と向き合っていく必要があるのだと思います。そして歯科医院もまた、このような歯科技工業界の変化を把握し、将来を見通しながら、大手技工所と小規模な技工所をどのように使い分けるのか、印象がデジタル化できる口腔内スキャナーをどのタイミングで導入するのか、自前の院内ラボを保有するのかなど、歯科医院としてどのように歯科技工に携わっていくのかを考える新たな時代に突入しているのだと思います。

※当コラムは、弊社代表の高崎が歯科専門雑誌「アポロニア」に寄稿した記事に、加筆・修正を加えたものになります。

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